森達也さんのJCJ賞受賞作『死刑』を編集した鈴木久仁子さんに、編集作業を通してなにを伝えようとして、「死刑」についてどのように考えたのか、率直なご意見をうかがった。それからまもなくの9月11日、法務省は3人の死刑を執行した。執行は6月17日以来、保岡法相の命令は、8月の就任以降初めて。鳩山前法相下では、ほぼ2カ月おきに4回執行された。自民党総裁選の最中、内閣が機能していないような状態でも、死刑は確実に執行される。(吉田 悦子)
吉田 私は、JCJ賞授賞式の会場で『死刑』を購入して一気に読了しました。森さんの受賞スピーチをうかがって、硬軟自在というか、意外とお茶目な方なんだあと思いました。
鈴木 そうなんです(笑)。ハードなテーマの作品が多いせいか、一見、コワモテのように見えるんですけど、チャーミングで柔軟な人です。取材に同席していても感じましたが、無意識のうちに相手の心を開かせてしまうところがありますね。
吉田 最初から、低いアングルでぐっと引き込まれて、いつのまにか、いっしょにロードムービーを続けていたという臨場感が『死刑』にはあります。編集者の鈴木さんは、その登場人物のおひとりでもあるわけです。それと森さんは、「僕」という一人称で死刑について語っています。重いテーマだけに、記す側も読む側も、どうしても構えてしまいがちですけれど、「僕」という軽さによって、よい意味で肩透かしを食らった気がしました。読者のみなさんの反響は、いかがですか?
鈴木 読者からは様々な感想を寄せてもらっていますが、共通して見られるのは「森さんと一緒に揺れ動きながら読んだ。常に『あなたはどう思う?』と、問いを突き付けられているようだった」というものです。そして「まだ答えが出ない」、「ますます死刑がわからなくなった」という感想も多いです。廃止派だったけれど必要なのかもしれないという人もいれば、もちろんその逆もあります。
地方の40代の女性は、読んですぐに、7人の友人にメールで「とにかく読んでほしい」と勧めてくださったそうで、次に会うときにはその7人全員が読み終えた本を持ってきて議論されたそうです。そこでどういう意見が交わされたか、詳しく便箋につづられていました。すごくありがたい読まれ方をされています。森さんにオファーをしたのは5年前でした。オウム、超能力、放送禁止歌などいろんなジャンルの作品があるけれど、どれもとびきり面白かった。森さんから死刑の本を書きたいと言われたときは不安もあったけれど、ぜひやりたいと思いました。これまで死刑の本と言えば、フィクションではありますが、ノンフィクションでは元刑務官など当事者に近い人たちが書いた本がほとんどでした。あとは長く死刑廃止運動をしている作家や記者の方とか。森さんのように、もともとは死刑に深く関わっていない作家が死刑を描くということが大事だと思ったんです。
吉田 私が、死刑制度に疑問を持ったきっかけは、1997年8月の永山則夫の死刑執行です。国家の名のもとに人が人を殺すとはどういうことなのか、その内実を知りたいと思いました。その後、死刑廃止運動のリーダー的存在の安田好弘弁護士が逮捕され、その裁判を傍聴する中で、元死刑囚や弁護士や支援者、死刑囚の妻など、様々な人に出会いました。松本智津夫の裁判を傍聴したり、死刑についての著作も読み漁りました。そうした中で、なぜ死刑を廃止できないのか考えました。
近ごろは、事件の全容や不可解さを解明することよりも、マスコミ報道の煽りもあって、「犯罪者は抹殺してしまえ」といった暴走気味の世論に引きずられているような気もします。オウム真理教のドキュメンタリー映画「A2」を撮って元オウム幹部たちとの交流を深められた森さんが、死刑について考えられるのは自然な流れだったのでしょうね。森さんと取材を進める中で、印象に残っている方はどなたですか?
鈴木 みなさん印象深いです。とくに死刑との関わりが深い方、弁護士、刑務官、教誨師、被害者遺族の方々。印象的だったのは、誰もが存置と廃止との間で揺れ動いていることです。絶対廃止派だと思って話を聞いていると、最後の方で「死刑制度は残しておいたほうがいいのかな」とおっしゃったり。教誨師のTさんのときは録音がNGだったので、ずっとメモを取りながら聞いていました。教誨師は執行現場には立ち会わず、直前まで死刑囚のそばにいてお祈りしたりするんです。Tさんは率直な言葉でユーモアも交えながら淡々と話される方ですが、だからよけいに執行直前の死刑囚とのやり取りを聞いたときは、何と言うか言葉が出なかったですね。
吉田 絶句して息をのむ音まで聞こえてくるようで、一言一言リアルに響きました。
鈴木 それはもともと、森さんがドキュメンタリー映画監督だったということが大きいかもしれません。細かい言動やその場の空気感も描かれるからか、読んでいると、森さんと取材対象者のすぐ横にいるような感覚があります。
吉田 鈴木さんは、岡崎一明死刑囚(元オウム真理教)にも会われていますね。
鈴木 はい。『死刑』の取材は岡崎さんに会いに、東京拘置所を訪れたところからスタートしました。第一印象は、すごく喋る人だなあと。せっかくだから文通をしようと、死刑が確定するまでの1ヵ月間、ひんぱんに手紙のやりとりをしました。死刑囚の1日の会話は、刑務官との事務的な数分間だけで、あとは毎日無音の中です。だから面会がある日は朝から、面会時間の15分で何を話そうかずっと考えているそうです。おしゃべりに見えたのは、せっかく来てくれたのだからと気を使ってくれていたんですね。私の質問のすべてに丁寧に答えてくださる真摯な方でした。ちょっと飄々としたところもありますね。だから益々、過去の犯罪と照らし合わせるとわからなくなるし混乱します。
吉田 死刑囚は、日々何を思って暮らしているのか、知らされないまま、死刑制度は意図的に隠され、徹底した秘密主義の中で続けられている。死刑はタブー視されて、議論されることもないのが現状ですね。
鈴木 昔から、死刑問題について議論されていることは、存置も廃止もほとんど同じで、平行線のままです。死刑の取材を始めた当初は、そうした議論すらなくなっている状態でした。取材を始める前、下調べのために死刑廃止運動をしている「フォーラム90」にも時々お邪魔したりしました。そのことを知人に喋ったら、「よくそんなところに行くね」と、その人たちの主張も知らないまま批判したり、拒否反応を示す人もいた。死刑囚と文通していると話すと、「やめたほういいんじゃない」と心配する友人もいました。不思議に感じたけれど、私もこの仕事に関わらなかったら同じ反応をしていたかもしれない。やはり死刑は見たくない、かかわりたくないものなんだと思います。でも関係なくない。私たち一人ひとりがOKと言っているからある制度ですよね。だからこの本は、死刑のことなど考えたこともなかったという人たちにこそ読んでもらいたいです。
吉田 裁判員制度では、「被告人を死刑にすべきか否か」という問題に直面するでしょう。鈴木さんが初めて編集された『死刑』が、長く読み継がれ、停滞した現状に風穴を開けることを心から願っています。
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