F1レーサー

2004/11/24

F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ⑧

ハリーちゃんとともに

15年間というもの、琢磨さんの兄弟のようにふれあい、どんなときも、いつもやさしくそばにいてくれた。そんなハリーちゃんへの感謝の思いでいっぱいになったと、昭子さんはおっしゃいます。

私が、佐藤さんのお宅を訪ねたときは、ハリーちゃんは、すでにお骨になっていました。家族の団欒の場所であるリビングの中央の祭壇に、私は、お線香を供え、手を合わせました。

ハリーちゃんが旅立った直後、昭子さんはすぐ海外にいる琢磨さんにハリーちゃんが亡くなったことを伝えました。琢磨さんには、刻々と変化するハリーちゃんの容体を知らせていました。一緒にハリーちゃんの冥福を祈りました。

ハリーちゃんとともに育った少年の頃からのF1ドライバーの夢を実現させた琢磨さん。

ハリーちゃんとのたくさんの想い出もエネルギーに変えて、ご家族の応援のもと、さらに大きく世界へ飛躍されることでしょう。

(初出・月刊「愛犬チャンプ」2003年4月号)

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2004/11/22

F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ⑦

「よくがんばったね。ゆっくりお休みなさい」

昭子さんは、ハリーちゃんから一時も目が離せませんでした。

ちょっと外出したときに、何か異変が起こるのではないかと思うと、気が気ではありませんでした。ハリーちゃんの隣にお布団を敷いて、夜間もずっと付き添いました。

ハリーちゃんも、きっと不安なのでしょう。熟睡することはほとんどなく、「そばにいて」と訴えるように、昭子さんのことをひたすら目で追っていました。

5日間というもの、近所にゴミ出しに行くほかは、買い物も行かず、ハリーちゃんのお世話に没頭しました。

獣医師が指摘されたように、ちょうど5日目の未明、ハリーちゃんは、昭子さんの腕に抱かれて息をひきとりました。

亡くなる10分くらい前から、のどを中心にけいれんが起こりましたが、最期は眠るようだったといいます。

「よくがんばったね。これで楽になったね。もういいよ、ゆっくりお休みなさい」とやさしく語りかけながら、人間と同じように湯かん(亡骸を棺に納める前に湯でふき清めること)をしました。

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2004/11/17

F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ⑤

老衰

15年近くも佐藤家の家族の一員として可愛がられてきたハリーちゃん。2002年12月26日、静かに旅立ちました。

ハリーちゃんはずっと、これといって悪いところもなく元気でした。家の中よりも、土の匂いがする庭にいることを好みました。

その年の秋から冬にかけての急な冷え込みのため、ハリーちゃんは、小屋の中でじっとしていることが多くなりました。そのため、できるだけ室内に入れて、夜間も部屋で休ませるようにしました。

亡くなる10日前ほどから、急に後ろ脚が弱ってきました。

5日ほど前には、突然、後ろ脚がへなへなになり、まったく力が入らなくなってしまいました。両手で腰を持ち上げなければ、立つこともできなくなりました。

あまりの変わりように、昭子さんはびっくりしました。獣医師に診てもらったところ、「老衰のため、自然な状態であと、5日くらいでしょう」といわれました。

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2004/11/16

F1レーサー佐藤琢磨さんの愛犬ハリー ④

サッカーとキャンプ

東京・町田市の琢磨さんの自宅は、切り立った斜面に建っています。そのため、前の道路から自宅の玄関まで数十段の階段を上らなければなりません。

ハリーちゃんは、散歩に出るときは、この階段を上がり下りしました。かなりの老齢になり、後ろ脚が弱ってヨロヨロしてきても、がんばって上がっていました。

琢磨さんは、どこに行くにもハリーちゃんと一緒でした。

家の近くの広場には、ハリーちゃんを連れてよく遊びに行きました。運動神経抜群のハリーちゃんは、とくにサッカーが大好きでした。

琢磨さんが、サッカーボールを蹴ると、ボールを追って弾丸のように駆け抜け、自由に方向転換。瞬発力のあるハリーちゃんを琢磨さんは、「ハリーは四輪駆動みたい」と感心しました。

週末や夏休みは、川釣りが趣味の和利さんの車で、岐阜などの河川でキャンプをしました。

もちろん、ハリーちゃんも一緒。ハリーちゃんがゆったり座ることができる運転席と助手席の間は専用スペースでした。

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2004/11/15

F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ③

出会いは11歳のとき

琢磨さんが、愛犬ハリーちゃんと出会ったのは、小学5年生の頃です。

ある日、琢磨さんは、メスの仔犬を抱いて帰りました。友達の家で生まれた、まだ生後まもない犬でした。動物好きな琢磨さんは、それまでにも仔猫を拾ってきたこともあります。

その仔犬は、クマのような黒い顔をしていました。和利さんも昭子さんもあまりの可愛さに、すっかり仔犬のとりこになりました。

まだ乳離れもしていなかったので、昭子さんは、哺乳瓶でミルクを飲ませるなど、人間の赤ちゃんのようにお世話をしました。

琢磨さんは、さっそく「ハリー」と名づけました。ハリーというのは、その年、家族でオーストラリア旅行に行ったとき、琢磨くんが乗った馬の名前でした。

シェパードの血が入っていたハリーちゃんは、半年もすると堂々たる体格に成長しました。

大きな耳がぴんと立ち、鼻の回りは黒。体の被毛は、黒とグレーが交じっていました。

気がやさしく家族に従順で、同居のネコのハナちゃんとも大の仲良しでした。一緒によくテラスに寝そべって日向ぼこすることが、大好きでした。

体が黒くて大きく、シェパード独得の野太い声で吠えるので、初めて佐藤さんのお宅を訪ねた人は、たいていびっくりしました。

でも、もともと人なつこいハリーちゃんは、1度顔見知りになると、とてもフレンドリー。誰からも愛されました。

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F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ②

家族の支え

琢磨さんが、F1に出会ったのは、10歳のとき。ご両親に連れられて観に行った鈴鹿でした。

鋼鉄のかたまりのような車の大きさ、とどろくエンジン。

のちにチャンピオンとなるアイルトン・セナの雄姿を目にしたのもこのときでした。

車好きの和利さんと琢磨さんが、「車は男のロマンなんだよね」という会話を交わしていたことを母・昭子さんはよく覚えています。

成長してレーサーを目指した琢磨さんは、大学を中退して、単身、本場イギリスに渡ります。

わずか3年後、イギリスF3の年間王者に。さらに、自動車レースの最高峰F1レーサーの座を射止めます。

そんな琢磨さんを和利さん、昭子ご夫妻は、常にあたたかく見守り続け、支援を惜しみませんでした。

琢磨さんの世界的な活躍には、常にご家族の大きな支えがありました。

忘れてならない家族に、愛犬ハリーちゃんがいます。遠くイギリスで暮らす琢磨さんは、国際電話で昭子さんとハリーちゃんのことをよく話題にしました。


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2004/11/11

F1レーサー佐藤琢磨の愛犬ハリー ①

F1レース1年目で5位入賞

佐藤和利さんは、2002年10月の鈴鹿でのF1世界選手権最終戦の様子を今でも鮮明に思い出します。

地響きのような歓声がスタンドを揺らし、15万人あまりが興奮の渦となるなか、黄色いマシンに乗ったニッポンの1年生F1ドライバーが、5位入賞でゴールを駆け抜けたのです。

自動車レースF1に出現したまばゆい新星・佐藤琢磨さん。ついに世界で22人のトップレーサーの座を手中に入れ、世界を転戦しました。

車の性能が悪く、加えてテスト走行すら満足にできなかった条件下で、車のトラブルやアクシデントに次々襲われました。

しかし、琢磨さんは、決して弱音を吐きませんでした。

「1戦ごとに常にスピードの限界に挑み、進化させるため、攻めていくのだから、車のトラブルはある意味しかたがない」

さまざまな困難にもめげず、大きな成果を上げました。

「あの鈴鹿でのものすごい応援は忘れられません。ありがとうと心から感謝しました」

父・和利さんは満面の笑みでおっしゃいます。
それは、いつも爽やかな風を運ぶような琢磨さんの笑顔と重なります。

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