ドキュメント ペット

2006/03/15

「所沢雑学大学」第200回講座記念

「所沢雑学大学」が第200回講座記念を迎えられたということで、記念号をご恵送いただきました。

主宰なさっている村上二郎さんは、参議院の速記士を定年退職後、その特技を生かして、戦争体験を聞き書きしてパソコン通信にアップするというボランティア活動を始められたそうです。

そうした肉声を次世代に語り継いでいただく場として立ち上げたのが、月2回の所沢雑学大学でした。

「次回の講座が待ち遠しい」という熱心な受講生の声に支えられ、開学から10年目の今年1月までに、受講者は1870人、延べの受講者は9700人を超えたといいます。

いただいた記念号によると、わたくしは、開講した1997年9月28日、第7回講座「犬は私のお友だち」で、講師として名がありました。さらに、2003年4月20日、第133回「備えあれば…の老犬生活」でもお世話になりました。

村上さんはじめ、スタッフの皆様、お疲れさまでした。市民の目線による楽しく充実した実学の場が、これからも永く続きますように。皆様の熱意に敬意を表するとともに、さらなる飛躍を期待申し上げます

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2004/11/05

名優・クロちゃんが誕生するまで ⑧

たくさん犬の代弁者として

「名犬ゴローの冒険」で国民的人気を呼んだゴローちゃん。実は、飼い主さんが飼いきれずに、一さんが引き取って、訓練した犬でした。

迷い犬だったクロちゃんもそうですが、山本家から生まれた2頭の名優のスタートは、必ずしも恵まれた境遇であったわけではないようです。

しかし、愛情あふれる山本さんご家族と出会ってのびのび育ち、持ち前の天分を存分に発揮し、タレント犬として一時代を築いたのです。

ゴローちゃん続いてクロちゃんも、「さよなら、クロ」の名優として、私たちの記憶に永遠に刻まれることでしょう。

クロちゃんをやさしく抱き寄せながら、英世さんはいいます。

「最近、クロは、わが家に迷い込んで来たのではなく、自ら役者になるために私たちの動物プロダクションを選んだのではないかな? と思います。

クロは、世の中のたくさんの犬たちの代弁者として映画に登場することで、生きるって素晴らしいというメッセージを発信しているのではないでしょうか」

(初出「愛犬チャンプ」連載・犬がいて私がいる)

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2004/11/01

名優・クロちゃんが誕生するまで ⑦

名犬ゴローの冒険

映画を観た後、私は、久しぶりにワンワン総合企画を訪問しました。クロちゃんは、山本家の一員として、自宅でのんびり過ごしていました。そんなクロちゃんの姿を見ていると、

「あのスクリーンのクロは、今、目の前に静かに座っているクロちゃんとほんとうに同じ犬なのかしら」
と思ってしまいます。

しかし、控えめな態度、考え深そうな瞳の輝き、小柄できびきびした身のこなし。これらはまさに、スクリーンで観たクロそのものです。

一さんは、今から20年以上前、木曜ゴールデンドラマの2時間スペシャル番組「名犬ゴローの冒険」で、愛犬の柴犬ゴローちゃんを訓練した経験が、今回のクロちゃんの撮影にとても役立っているといいます。

さっそく、「名犬ゴローの冒険」のビデオを拝見しました。津和野―東京間1000キロを飼い主を求めて旅する感動の物語です。

途中さまざまな出会いと別れを繰り返し、ガールフレンドのプードル犬ルルとの愛と死を乗り越え、飼い主と再会を果たすまで、ゴローちゃんは、1年間に及ぶ撮影を見事にやり抜きました。

全力疾走するゴローちゃんの迫力ある姿は、新聞・雑誌で大きな反響を呼び、出演作品数は80本を超えました。

非常にダイナミックな演技のゴローちゃんを「動」とすると、どこか内省的な抑えた演技のクロちゃんは「静」という気がします。

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2004/10/31

名優・クロちゃんが誕生するまで ⑥

撮影の合間、犬に寄り添う俳優さん

日本犬独特の性質を受け継いでいるクロちゃんは、感覚が鋭敏です。それだけに訓練性能が高いといえますが、どちらかというと、他人になつきにくいタイプでした。

山本家に来てしばらくしてから、よく慣れていたトレーナーのもとに預かってもらったことがありました。ところが、クロちゃんは一晩中鳴いていたそうです。

迷い犬だったクロちゃんは、幼い頃、男の人に嫌な目に遭わされたことがあったのか、男性が苦手でした。

そのため、大勢のスタッフがいる撮影現場で、うまく演じることができるか。正直なところ英世さんは心配でした。

ところが、高校に住み込んでいる用務員さん役を演じられた井川比佐志さんとクロちゃんは、とても仲良くなりました。

撮影の合間、井川さんは、クロちゃんにずっと寄り添い、コミュニケーションをとってくれたからです。

クロちゃんに優しく接する井川さんに、男性が苦手だったはずのクロちゃんもすっかり慣れました。

「理解あるスタッフや犬好きの俳優さんに恵まれたおかげで、クロは無事撮影を乗り切り、大役を果たすことができました」と英世さんは振り返ります。

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2004/10/28

名優・クロちゃんが誕生するまで ⑤

1ヵ月以上に及ぶ撮影でホームシックに

12歳になるクロちゃんは、黒いといっても全身真黒ではありません。年のせいか、鼻先に白髪が混じり、脚の先や胸のあたりも白くなっていました。

若い頃のクロを演じるため、英世さんは、クロちゃんの毛の白い部分を化粧品のマスカラで黒く塗ることにしました。

夏から秋のシーンを撮るのに、昼頃から雪がちらつく寒さになりました。英世さんは、出番待ちのクロちゃんを暖かな毛布の上で休ませました。

出番を待つ時間が長いと、クロちゃんは、せっかく黒く塗った部分をペロペロなめて落としてしまうので、注意が必要です。

夜間には、気温は氷点下に達します。英世さんが、最も心配したのは、クロちゃんの体調です。仔犬のとき以外は、クロちゃんが全編登場して、代役はいませんでした。

1ヵ月以上に及ぶ撮影の間、英世さんと一さんとクロちゃんは、松本市内のアパートを借りて住み込みました。

風邪などひいて撮影に支障が出ないよう、食事と散歩と睡眠など、クロちゃんの健康管理には十分過ぎるほど気を配りました。

クロちゃんは、東京では、常に20頭の犬たちと一緒に暮らしています。クロちゃんの若い頃を演じたクッキーちゃんが、東京に戻ってしまうと、急に元気がなくなり、食欲もすっかり落ち込んでしまいました。

どうやら、なれない土地でホームシックにかかってしまったようです。

仲間がいないと寂しいのではないか。そう思った英世さんは、急きょ自宅に戻り、クロちゃんの娘のコナちゃんをロケ地に連れて来ました。

クロちゃんは、コナちゃんとの再会をとても喜びました。親子で1日中はしゃいでいました。

それからというもの、クロちゃんは、食欲も以前にも増して旺盛になり、散歩のときもいきいきとして、すっかり元気になりました。

撮影は、80人に及ぶ大部隊で行われました。連日の寒さと雪で、撮影が一区切りついたときには、7人のスタッフが体調を崩して入院、そのほかの人もほとんど風邪をひいてしまいました。

しかし、クロちゃんと山本さん父娘の3人は、風邪をひくことはありませんでした。

東京から持参した殺菌力のある水をスプレーで全身に振りかけていたのが予防になったのではないか、と英世さんは思っています。

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2004/10/27

名優・クロちゃんが誕生するまで ④

役者根性

英世さんの愛犬ということで、今回は、英世さんもクロちゃんの専属トレーナーとして、一さんとともにロケに同行することになりました。

もともと芸達者なクロちゃんでしたが、出来上がった脚本に従い、英世さんは、クロちゃんをよく調教してから松本入りしました。

「初めから、いきなり難しい撮影シーンの連続で、最初の1週間はかなりきつかったですね。監督もカメラマンさんも、妥協を許さない方でしたから」

クロちゃんが、トコトコと歩いて来て、校門の前でいったん座る。それから文化祭が始まる校庭に入っていく――というシーンがあります。

それを撮るのに、クロちゃんが、指定された「立ち位置」から少しでもずれるとやり直しになりました。そのため、気が遠くなるほどのリハーサルが繰り返されました。

しかし、クロちゃんは、英世さんの愛情と厳しい指導に応えて、忍耐強く取り組みました。

老体に鞭打つという言葉がありますが、クロちゃんは、まさに自らの体を張り、静かで、熱い演技をスクリーンいっぱいに披露したのです。

「本当の意味での役者根性は、クロにかなう犬はいないかもしれません」

英世さんも感心しました。

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2004/10/26

名優・クロちゃんが誕生するまで ③

ベスト・キャスティング

「さよなら、クロ」の映画出演のお話があったとき、飼い主の英世さんは、クロちゃんの主演に喜びつつも、不安を感じないわけではありませんでした。

東京育ちのクロちゃんは、すでに12歳という老犬の域にさしかかっています。厳寒の長野県松本市での1カ月以上にわたる長期の撮影に耐えられるでしょうか?

しかし、県立松本深志高校に実際に暮らしていたクロが、クロちゃんと同じ境遇の迷い犬であったこと、さらに黒い中型の日本犬(甲斐犬)ミックスで、耳も半分折れていること、名前もまったく同じクロということを知りました。

クロちゃんが迷い込んで来たとき、家族のみなさんは飼うことに反対でした。しかし、英世さんが、自分の犬として世話をするからということで引き取ったのです。

今から思うと、クロちゃんはまるで、「さよなら、クロ」の主役を演じるために英世さんのもとに来たような気がさえします。それほどのベスト・キャスティングでした。

「これも何かの縁かと思い、お引き受けしました」

と英世さんはいいます。

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2004/10/25

名優・クロちゃんが誕生するまで ②

クロちゃんとAIKOさん

「黒い、中型の日本犬ミックスのメス、いませんか?」

2002年8月、アシスタント・プロデューサーが、電話で全国各地に聞いて回りました。「さよなら、クロ」という映画のため、主役になる犬を探しているのです。

しかし、手がかりはありませんでした。たまたま、シンガーのAIKOさんのプロモーション・ビデオにAIKOさんと共演した黒い犬が、スタッフの目に留まりました。

ビデオの中で、楽しそうに草原を走っていた黒い犬は、東京・府中市の山本英世さんの愛犬「山本クロ」ちゃんです。

英世さんの父・一さんは、ドッグ・トレーナーの第一人者。タレント犬養成の草分け「ワンワン総合企画」の代表でもあります。英世さんは、そこで撮影コーディネーターを務めています。

クロちゃん(12歳)が、英世さんの家の前に迷い込んで来たのは生後約4ヵ月くらいでした。当時から山本さんご家族と親交のある私は、山本家に来た頃のクロちゃんのことも知っています。

賢いクロちゃんは、訓練をきっちりこなし、ワンワン総合企画の人気タレントに成長しました。バラエティー、ドラマ、時代劇、CM、プロモーション・ビデオに多数出演して、活躍しています。

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2004/10/22

名優・クロちゃんが誕生するまで ①

空気のような無垢な存在感

先年の夏、ロードショー公開された映画「さよなら、クロ」。

長野県松本市の名門の県立高校に住み着いた野良犬クロが、校内を自由に闊歩し、教師や生徒たちに愛されながら犬生をまっとうし、その葬儀には何千人も参列して見送ったという、実話をもとにした映画です。

最大の焦点は、犬のクロ。クロと共演した人気俳優の妻夫木聡さんは、雑誌のインタビューで、「映画を観てくれた人は、みんなクロがいいと言いますね」と応えています。

私も試写会を観ましたが、気がつけばいつもそこに静かにクロが座っている。空気のように無垢な存在感がとても印象的でした。

実は、「さよなら、クロ」の主役を演じたクロちゃんをずっと以前から私はよく知っています。

それだけに、その姿が胸に迫って、途中から涙がとまらなくなり、最後は号泣しました。

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2004/09/28

20頭の犬と暮らす男 ⑤

悲惨でおかしな現状を変えるために

「ヨーロッパには、ペット禁止の看板はほとんどありません。人間の病院や薬局以外ほとんどОKです。そのかわり税金を払わされる国もあります。人と犬も同等に扱っているということでしょう。

人間と動物が仲良く共生する社会になるためには、飼い主と犬との緊密な信頼関係が絶対に必要です。まず、家族と上手に共存できるルールを学ばせて、どんなときにも飼い主の命令に従うようにする。むやみ吠えたり、咬んだり、排泄したりしないよう、人間社会に溶け込むよう教えなければなりません」

マルコさんの熱のこもったお話を伺っていると時間が経つのを忘れてしまう。同時に、あらためて、犬と暮らす素晴らしさを実感する。

「正直なところ、ボランティアを続けるのは大変なことだし、日本の犬を巡る現状は、悲惨でおかしなことばかりで、やってられないと思うこともあるけど、何もしないで後回しにしていたら、いつまでたっても変わらない……」

ほんとうは、こんなにたくさんの犬を飼うのではなく、2、3頭いれば十分なのだけど、と笑うマルコさん。

犬たちに注がれるまなざしは、世の無責任な飼い主に向ける厳しい視線とは異なる、やさしさに満ちている。

マルコ・ブルーノさん
1945年オーストリア生まれ。動物愛護支援の会代表。20年にわたり、捨てられた犬やネコの救済・保護、里親探しに奔走。近著に『犬に尊敬される飼い主(ボス)になる方法』(ハート出版)がある。東京都足立区の自宅で、夫人と犬16頭、ネコ8頭と暮らす。
http://www.adachi.ne.jp/users/help/

(初出 「犬と住む家」vol.4 ヒューマン・ドキュメント 学研)

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