評論

2004/09/16

俳句の中の犬 ⑨

犬の名はソクラテス

  青芦花びらと垂れ犬の舌         中村草田男
  犬語の人語に似たる暑さ哉       内田百閒
  緑蔭へ呼ぶ犬の名はソクラテス     秋元不死男
夏休み犬のことばがわかりきぬ     平井照敏

  迎え火を見てゐる犬のおとなしき    久保田万太郎
  露葎繊き赤犬を女王とし         石田波郷
  車はづされし犬が月に馳けりけり    荻原井泉水
  
  夜もれと小萩のもとに埋めにけり     夏目漱石
少年が犬に笛聴かせをる月夜       富田木歩
我が児より大いなる犬露野行く      前田普羅
行き交ひに犬に口笛秋の晴        中村汀女

秋爽を耳の尖より日本犬         大野林火
  衰へし犬鶏頭の辺を去らず        桂 信子
  犬らしくせよと枯野に犬放つ       山田みづえ
  梳る巨犬大晦日の夕日          三橋敏雄

  先づ門を犬が飛び出る御慶かな     河東碧梧桐
  初午の幕をくぐつて犬現わる       田川飛旅子
仏教と西瓜畑を犬怖る          攝津幸彦

  犬をかかへたわが肌には毛が無い   尾崎放哉

これまで、江戸時代から現代に至るまで、犬を詠んださまざまな句を見てきたが、それぞれの時代に生きる犬の姿は、時代によって大きな違和感というか差異はほとんどない気がする。

ニッポンの犬たちの多くは、西洋の犬のように、狩猟犬や牧羊犬などの働く犬ではなく、町や村の人間社会の中で、たいして当てにされることもなく、ゴロリと寝そべったり、エサを漁るなどして、悠々と毎日を過ごしていた。 

もちろん、いざとなれば、番犬や狩猟犬として、危険をかえりみず敢然と敵に立ち向かっていった犬もいたであろう。しかし、「牛馬に比べてからだも小さく、生産性が少なく、だから役に立たない」という人間本位の見方をされ、蔑まれる面もあったことは事実だ。

まだ続きます♪

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2004/09/15

俳句の中の犬 ⑧

犬を愛した俳人たち

犬を詠んだ俳人のなかでも、西東三鬼は、特に犬を愛した俳人という気がする。大きな愛犬といっしょに映したモノクロ写真を目にしたことがあるが、そのイメージが強いからだろうか?

  暑き舌犬と垂らして言わず聞かず     西東三鬼
  銀河の下犬に信頼されて行く          三鬼
  犬を呼ぶ女の口笛雪降り出す          三鬼

「犬に信頼されて」というフレーズ、これは、犬と心を通い合わせた人間でなければいえないであろう。なんとなくセンチメンタルになる「銀河の下」、物言わぬ犬だからこそ、言葉を超えた心の絆、幸せを感じるのである。

山口誓子や高浜虚子や高野素十にも、犬の生態を見事にとらえた佳句が多い。

  犬が来て覗く厨の春の暮          山口誓子
  スピッツは吠えげんげ田にいても        誓子
  犬の眼の緑に光る花の夜            誓子
  新緑に犬が真夏の呼吸づかい         誓子
  寒き浜犬嗅ぎあひて別れ去る          誓子

  木犀の香や純白の犬二匹         高野素十
  ガスの町樺太犬は車ひく             素十
  橇をひく犬立ち止まり主見る           素十

  犬耳を立てて土嗅ぐ啓蟄に         高浜虚子
  芸知らず春草に犬跳ねるのみ          虚子

芸なんて知らなくてもいいんだよ、きみは。「春草に跳ねるのみ」がいい。

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2004/09/14

俳句の中の犬 ⑦

「犬の鼻」に希望を見出した楸邨

  犬の鼻大いにひかり年立ちぬ

黒々とした艶を放つ「犬の鼻」のクローズアップ。混乱を極めた終戦直後から、ようやく落ち着きを取り戻した楸邨の様子も窺える。いきいきと健康的な「ひかり」を放つ「犬の鼻」に生きる希望を見出しているのであろう。この句は、「年立ちぬ」という季語よりも、「犬の鼻」がキーワードであり、感動の中心である気がする。

 楸邨の句より。

  花吹雪仔を咥へたる犬何処まで
  夜桜の瓦斯燈の蔭に見しは犬
  万緑のわくがごとしや一犬吠ゆ
  怒濤なす万緑を浴び犬めざむ
  天の川後脚を抱き犬ねむる
  満月に犬がきて尾を遊ばしめ
  野分の目犬も人間に似たるかな
  クリスマスはぐれ犬の目切に見る

楸邨夫人の加藤知世子には、昭和25年頃から30年代にかけて大流行した、日本固有の犬種・スピッツを詠んだ句がある。
  
  下町にスピッツ汚れ薄暑なる

スピッツは、真っ白な被毛を持つ、優美な愛玩犬である。神経質な甲高い声でとにかくよく吠えるため、戦後、防犯に役立つと評判だった。しかしながら、世相が落ち着くと、その吠え声が短所とされ、流行犬種の座を他の洋犬に譲り渡した。

 楸邨の遺句集『望岳』より1句。

 犬の顎に風船つけて橋をゆく

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2004/09/13

俳句の中の犬 ⑥

鬼城と楸邨と犬

多いときには、30匹もの猫と暮らしていた俳人の加藤楸邨は、猫好きといわれている。しかしながら、「猫好きかというと決してそうではない」と随筆集『達谷往来』(1978年)で述べている。

「いつでも捨て猫を拾ってきて、子供達が食べ物を分けてやることから始まる」のであって、「私が最もおそく、ずるずると捲きこまれてしまうのである」と。

それはともかく、楸邨には、動物の句が多い。

「20代の終わりから30代にかけて、私はよく動物園にでかけた。猛獣の檻の前で、睡っていた虎や豹の、目を覚ますのをいつまでも待っていたり、鷲の目が動くのを待っていたりしたものである」「檻の前に佇んだのは、あるいは自分の分身を見ているような気になったからではなかろうかと思う」。

  鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる
  雉子の眸のかうかうとして売られけり

楸邨のこうした句に、境涯俳人として知られる村上鬼城の俳句の影響があることは広く認められている。ある意味で、楸邨は、鬼城を継いだ俳人といえよう。

鬼城は、通勤の途上で出会った盲目の犬に特別の愛着を覚えた。盲目の犬に、耳の悪い自分自身の境遇を重ね合わせ、その向こうに人間の本質を見ていたのだろう。

  春寒やぶつかり歩く盲犬
  永き日や寝てばかりゐる盲犬
  行春や親になりたる盲犬

楸邨も、犬の句を詠んでいる。

  歳旦の雪ちりぢりに犬ねむる

昭和22年元旦。終戦から1年半。厳しい食料難の中、人間でさえ苛酷な生活を強いられてきたというのに、その犬は、一体どうやって生き抜いてきたのだろう? 

すきっ腹を抱え、すっかり痩せてしまっているけれど、それでも今は、無事正月を迎えて、穏やかに寝入っている犬。その姿に自画像でも見たかのように、「ああ、おまえも……」と小さな命へ万感の思いを込めて語りかけているようだ。

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2004/09/12

俳句の中の犬 ⑤

正岡子規の短編『犬』

明治時代以来、ニッポンの文学者の中には、実際に犬と暮らし、犬に深い愛情を抱いた作家がたくさんいる。

二葉亭四迷、獅子文六、島崎藤村、芥川龍之介、室生犀星、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、柳田國男、太宰治、坂口安吾、井伏鱒二、檀一雄、遠藤周作、江藤淳、近藤啓太郎、池田満寿夫、戸川幸夫、西村寿行、安岡章太郎、中野孝次、宮部みゆきなど、犬を題材にした文学作品やエッセーを多く著している。

俳人の正岡子規には、『犬』(1900)という短編がある。インドの王の犬を殺した男が、ニッポンの犬に生まれ変り、姥捨山に捨てられた姥を次々喰うという、浅ましい日々を送る。

88人目の姥を喰ってしまったとき、おのれの罪深さに気付き、今までの罪を懺悔して人間に生まれ変りたいと願う。その文章の終わりは、不治の病床にある自身に対する自虐的な言葉で結んでいる。

「といふような、こんな犬があつて、それが生れ変つて僕になつたのではあるまいか、其証拠には、足が全く立たんので、僅に犬のやうに這い廻つているのである」

犬が好きだった子規には、犬の句も多い。

  唐人を吠ゆる犬あり桃の花
  遠足に犬つれて行く袷かな
  水うてば犬の昼寝にとヾきけり
  七夕や犬を見上ぐる天の川
  子を連れて犬の出あるく月夜哉
  こほろぎや犬を埋めし庭の隅
  里の子の犬引いて行枯野哉
 
いずれも、わかりやすい。見馴れぬ唐人に吠える犬。遠足にお供する犬。道端で昼寝する犬。天の川を見上げる犬。月夜の美しさに魅かれてであろうか、親子で散歩する犬……。犬に対する子規の愛情を感じる。

初鶏の鳴くかと待てば犬吠ゆる

明治30年、東京・根岸の子規庵。元日の病床にあって、子規は、期待を持ってたしかに犬の声を聞いたのである。

その5年後の明治35年9月19日、子規は短い生涯を閉じた。

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2004/09/10

俳句の中の犬 ④

芭蕉と蕪村と一茶と犬

昔から、俳句には、犬がよく出てくる。なかでも、松尾芭蕉と与謝蕪村と小林一茶の三人は、それぞれの趣きで犬を捉えている。

  草枕犬も時雨るゝかよるのこゑ

これは、芭蕉の句。一方、蕪村の句は、いかにも絵画的だ。墨絵のような風景を思わせる。

  みじか夜を眠らでもるや翁丸
  綿とりや犬を家路に追ひかへし

一晩中、眠らないで家を守っている犬に、清少納言の『枕草子』に登場する「翁丸(おきなまろ)」と名づけられた飼い犬の名を献上しているのが、なんとなくほほえましい。

三人の中でも、犬に最も親しげな視線を向けているのは、一茶である。民衆とともに生きる犬の在りようをいきいきと描き出している。

  犬どもがよけてくれけり雪の道
  犬の子やかくれんぼする門の松
  薮入や犬も見送るかすむ迄
  口明て蠅を追ふ也門の犬
  古犬が先に立也はか参り

当時、一般に犬は、農村や町中など、人の暮らすところに棲みつき、勝手気ままに歩き回り、残飯などの食べ物にありついた。犬の多くは、特定の飼い主を持たなかった。かといって、完全な野犬でもない。人間と一定の距離を保ちつつ、半家畜、半野生のような存在であった。

なかには、村の犬たちの「長老」のような存在の犬もいただろう。村人たちも、長老犬には、ある種の敬意を払っていたのではないか? 「古犬」の句には、そうした長老犬の威厳のようなものを感じる。

  江戸衆や庵の犬にも御年玉

いなせな江戸の衆は、訪問先の犬にも「御年玉」を進呈していた(!)。分け隔てがないというか、遊び心にあふれていたといおうか。
  
  古郷や犬の番する梅の花

狩猟犬、牧羊犬、使役犬など、世界的に四〇〇種以上もある犬だが、梅の花の番をする犬というのは、日本独自という気がする。

  白犬の眉書かれたる日永哉

悪戯っ子に眉を書かれた犬は、とんだ迷惑だが、この句には、哀れさより、あたたかな風情が漂う。悪戯っ子もどこか憎めない。

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俳句の中の犬 ③

  将軍と犬

時代を遡り、江戸時代には、犬を人並みか、それ以上のものと考える人は少なくなかったようだ。「生類憐みの令」(1685年)で知られる五代将軍徳川綱吉は、狆を愛玩した。

狆は、代々宮中で飼養された。徳川家はもとより、武士階級や富裕な商人たちの間でも、高価な狆は座敷犬として珍重された。

狆は、犬とネコの中間に位置する動物と認識され、放し飼いにされていた野犬とは、はっきり区別されていた。大名屋敷で飼育されていた狆には、飼育係がいて、戸外に出すことはなかった。

ご存知のように、綱吉の犬に対する思い入れは、かなり過剰であった。「犬公方」と呼ばれた綱吉は、犬をはじめとする生き物を殺したり、虐待した者を厳しく罰した一方で、野犬を収容する大規模な犬小屋を作った。中野の犬小屋には、最終的に約10万頭もの野犬が収容された。

犬を偏愛するあまり発した動物愛護策は、犬を過剰に重んじ、人間を軽んじる政策であったとも言えよう。違反者には厳罰を科したため、犬を愛するどころか、犬に対する民衆の敵対感情や憎悪を煽る結果につながった。

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2004/09/09

俳句の中の犬 ②

犬も食わない句

犬とは。「よく人になれ、嗅覚と聴覚が発達し、狩猟用・労役用・愛玩用として広く飼養される家畜。品種も日本在来の日本犬(秋田犬・柴犬など)のほか、グレーハウンド、ボルゾイ、ポインター、セッター、スパニエル、ボクサー、コリー、シェパード、テリア、マルチーズ、ブルドッグなど多く、大きさ・毛色・形もさまざまである」(広辞苑より)。  

辞書を見てもわかるように、犬と付く言葉にロクな言葉はない。犬畜生、犬侍、犬死等々。犬という言葉は、「主人や主家の家族によく懐き、時には生命を保護してくれたりする意味では有用だが、牛馬に比べてからだも小さく、生産性が少ないと見られたり、人目をはばからず交尾したりするところから、役に立たない、恥を知らないという意味を表す」(新明解国語辞典より)、または、「ひそかに人の隠し事を嗅ぎつけて告げる者。まわしもの」(広辞苑より)とある。

恥を知らないのは、犬と人間、一体どちらであろうか? 利用するだけ利用しておいて、犬の語を借りて、ずいぶんと手前勝手な言い分である。これは、まさに人間側のエゴだと思う。

さらに、歳時記を開いて犬と付く言葉を見ると、いぬふぐり、犬嫁菜(姫女苑)、犬蓼(赤のまま)……。「犬」と付くものは、「役に立つ植物の形態状は似ているが、多くは人間生活に直接有用ではないものであることを表す」(新明解国語辞典より)、「ある語に冠して、似て非なるものの意を表す語。また、卑しめ軽んじて、くだらないもの、むだなものの意を表す語」(広辞苑より)というように、どこか差別的なのである。

犬のことを詠んだ俳句にも、なんとなく見下したような哀れさばかり漂うものも少なくない。そこには、己れを省みるような視線は感じられない。なかには、「犬も食わない」陳腐なものもある。

長いこと犬と暮らしてきた私にとって、身近に犬がいることが自然なのである。犬は自分の鏡のような存在だ。私が愉しければ犬もうれしそう、私がつまらなそうにしていると犬もつまらなそう、なのだ。だから私は、人と心を通わせ、のびのびと屈託なく生きる、感情表現豊かな犬の姿を活写した句に心魅かれる。

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2004/09/08

俳句の中の犬 ①

けものへんに句

現在、ニッポンで飼育されている犬の総数は、約1000万頭に達するといわれる。犬に限らず、近年、家族の一員としてさまざまな動物と暮らす人は多い。

その中でも、犬は、1万年以上昔より、人間と共同生活を営んできた、人類にとって最も身近な生き物であり、かけがえのない友といえよう。

一般に、犬は、人間に忠実だといわれる。しかし私は、それは、人間側の一方的な見立てではないか、と思う。犬にも個性があり、飼い主である人間との関わり方はさまざまだ。十の飼い主とその愛犬がいれば、十通りの関係がある。

忠義や滅私奉公が徳とされた時代、人間は、最も身近な生き物である犬にもそれを課した。しかし、本来、犬は町や村に放たれ、人間にことさら阿ることもなく、適度な距離を保って、勝手気ままに生きていたのである。

ただし、はっきりいえることは、犬は、人間以上に、飼い主とその家族のことが好きな生き物だということである。だからこそ、犬は、見返りを求めず、純粋無垢に、一途に人間に寄り添うのだろう。人間はこれまで、そうした犬の性質を自分たちの都合のよいように利用し尽くしてきた気がする。

私は、ここ10年ちょっと俳句に親しんでいるが、聞くところによると、俳句を愛好する人口は、900万を超えて1000万人に上る勢いだという。犬の飼育数と俳句人口、いずれも1000万という数字。偶然にしても、この符合はおもしろい。

さらに、である。犬は、戌、狗とも書く。よく見ると、狗の文字は、けものへんに句と書くではありませんか。犬と俳句、そこには何か通じるものがあるのだろうか? 

俳句の中に詠まれた犬を通して、犬が、どのように人間とともに生きてきたのかが見えてくるのではないか? そこから犬と俳句の関係をも知ることもできるかもしれない。

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