飼い主の心を読みとる柴犬の可能性を求めて
警察犬の服従訓練に挑戦!
ラブラドール・レトリーバーの警察犬訓練に打ち込みチャンピオン犬も生んだ米田さん。金章犬を獲得した柴犬アイのさらなる可能性のため、新たな目標に向けて訓練を開始した。
秋田から東京に来たアイ見事、金章犬に輝く
昨年の柴犬保存会第95回本部展で、「金章犬」に輝いた「松の紅姫」は、秋田市内の米田義男さんの愛犬で「アイちゃん」と呼ばれている。平成17年5月11日生まれの3歳。
アイは利発だが、とても警戒心が強い。秋田から東京に来て、会場に馴れないためか、審査の間は、最初から最後まで、ついにしっぽを上げなかった。
「たしかに尾を下げたままだったので、すこし見栄えはしなかったですね。飼い主さんが訓練のため、いろいろ命令を出すたびに耳を動かして敏感に反応していましたが、眼のかたちはまったく変わらない。犬としての本質は、大変すぐれたものを持っていると思います。完全歯で、体型や歩く様子や顔貌も良いメスです。これから、良い子犬を産ませるよう努力してほしい」と審査委員の平村定知さんは述べた。
もっといろいろな経験を積ませたいと競技会に挑戦
金章犬は、大変厳正な審査のもとに決められる。それだけに、愛犬のアイが金章犬を受けたことは、米田さんにとって、とても喜ばしいことだった。でも、これまで金章犬になることを目標としてきただけに、正直なところ「なんだか楽しみが終ってしまったなあ」という気もした。
金章犬や作出などで功績のあった犬は、「参考招待犬」として、展覧会で披露される。金章犬となった犬は、その後も適正な飼育を続けていくことで、歳とともに内面の充実が外面にも反映して、一層の輝きを増す。
年齢とともに完成度を高めていく姿を披露することは、飼育管理の参考になる。
「でも、ただ参考犬として展覧会に出すのは、少し物足りない気がしました」と米田さん。
思いなおした米田さんは、アイと訓練に取り組むことにした。社団法人日本警察犬協会(NPDA)秋田支部に所属する米田さんは、もともとラブラドール・レトリーバーの警察犬訓練に打ち込んできた。
現在、アイのほかに「シバ」という8歳のメスの柴犬、5頭のラブもいる。なかでも、マリンとサクラという3歳になる姉妹は、日本警察犬協会でチャンピオンに輝いている。
米田さんが作出したラブは、秋田で行方不明になった老人を探し出した。さらに、東京に送られたラブは、介護犬としても活躍しているという。
アイは、金章犬を受章したのち、4頭の子犬を産んだ。子犬たちは遠く九州や滋賀、そして秋田と、それぞれの飼い主のもとへ渡された。
アイは、母親譲りの激しい気性の持ち主だ。年上のシバに対しても、ケンカをしかけることがある。シバの左目の下に傷が残っているが、これはアイに噛まれたもの。子犬を産んでも、アイの気の強さは、いっこうに変わらなかった。
「柴犬は、一対一で集中して覚えさせると、実にいろいろなことを覚える。ただペットとして飼うだけではなく、可能性を広げたいと思いました。金章犬そして母親となったアイに、もっといろいろな経験を積ませたくて、競技会に出ることにしました」と米田さん。
日本警察犬協会の競技会は、その名の通り、警察犬向けの競技がメインである。そもそも警察犬協会の競技会は、警察犬になれる指定7犬種(ジャーマン・シェパード、ドーベルマン、ゴールデン、ラブラドール、コリー、ボクサー、エアデール・テリア)で行われる。筋骨たくましい堂々たる大型犬、どちらかというとコワモテの犬もいる。
競技会は、本部、支部、訓練士会などが主催し、全国各地で行われる。審査会は、警察犬種7犬種の参加に限られ、警戒、選別、追及、服従の科目をそれぞれ難易度別に分け、さらに、嘱託犬の部、プロの部、アマの部などに分けられる。
警察犬種7犬種以外でも参加できる服従訓練
そもそもアイは、柴犬保存会の血統書はあるが、警察犬協会の血統書はない。血統書がないと本部主催の競技会は出場できないそうだが、地方支部主催の競技会なら血統書がなくても良い。つまり、本部主催以外は警察犬種7犬種以外でも参加することができる。ただし、会員の所有犬に限るようだ。
当たり前だが、柴犬は、警察犬にはなれない。しかし、警察犬種以外が対象となる「G1(紐付・紐無脚側行進、停座招呼)」や「G2(紐付・紐無脚側行進、停座招呼に物品持来、障害飛越が加わる)」にチャレンジすることはできる。こちらには、チワワやシーズーやトイ・プードルなどの小型犬も出場しているようだ。
訓練競技会は、犬に定められた規定の行動をとらせてその正確さを競うもの。100点満点で採点され、得点の高い順より順位が決められる。高得点をとって合格するには、犬の性能はもちろんだが、飼い主のハンドリング能力も問われる。
そのため、自分と愛犬との信頼関係を確認する良い機会となる。「アイとのまた新たな1歩が踏み出せるのではないだろうか」と思った米田さんは、金章犬に輝いたアイの可能性を広げ、より信頼関係を深めるために挑戦することを決意した。
訓練には次のようなものがある。まず、「紐付き脚側行進」。リードを付けて所定のクランクコースを往路は通常の歩幅で、終点にて右回りして止まらずに、復路は速歩で出発点に戻り、右回りをして「脚側停座」をする。
「紐付き立止」。犬に「立止」を命じ、飼い主はリードの末端を持って犬と対面し、犬の周囲を、左回りして対面、次に右回りして対面後、犬の右肩の位置に立って、審査員の指示で犬を「停座」させる。
「紐無し脚側行進」。リードをはずし、所定のクランクコースを往路はふつうの歩幅で歩き、終点にて右回りして止まらずに復路は速歩にて出発点に戻り、右回りをして「脚側停座」をする。
「停座および招呼」。犬に「停座」を命じて、「停座」後に飼い主のみ常の歩幅で10歩前進したのち、立ち止まり、まわれ右して犬と対面し、審査員の指示で「紹呼」して、飼い主の直前にて犬を「対面停座」させ、さらに審査員の指示にて「脚側停座」させる。
脚側行進や、犬のみを立ち止まらせて呼び寄せたり、障害物を飛越(障害飛越)させ、投げた物品を持って来させたり(物品持来)、何分間か伏せをさせておく(休止)など……。
基本的に、飼い主の命令で、犬を足もとに付けさせ、犬とともに決められたコースを歩くというもの。犬が本来もっている忠誠心や服従性を競い合うもののようだ。
それで思い出しのだが、私は、たまたまニュースで、日本警察犬協会の競技会の「警察犬種外」部門で、青森県の推定2歳のミックス「ララ」がチャンピオンに輝いたことを知った。ララは首輪がない状態で、路上をさまよっていたところを逸見さんに拾われたという。
飼い主の心を読み取って行動する柴犬の可能性
逸見さんは、「飼うのなら最低限のしつけをして、犬も人間も互いに楽しく過ごせるようにしたい」と訓練をするようになった。ララは短時間で「フセ」を覚えるなど、30年以上犬の訓練師をしている人も「こんなに頭がいい犬は見たことがない」というほど頭角を現し、北日本大会をはじめ各種競技会でチャンピオンを獲得した。
「一度は捨てられたララが、大会で頑張ることで、世間の人たちが動物に愛情を持つようになってくれればうれしい。たくさんの捨て犬や猫が殺処分されているが、動物を飼う人たちに、どんな動物でも素晴らしい可能性を秘めているということを知ってほしい」と逸見さんは話している。
その可能性を眠らせるかどうかは飼い主次第といえよう。アイは、初めての犬にも人にも警戒心が強く、その反面、神経が細やかで辛抱強く、集中力もあった。米田精工という会社を経営している米田さんは、仕事の合間に、毎日10分ほど服従訓練を行った。
練習の基本は、とにかくアイの指導手である米田さんへの集中力を高めること。紐付き、または紐なしの脚側訓練、並足、速足、「マテ」「コイ」など、型にはまった練習を毎日続けていくと、アイのほうも遊び感覚で、どんどん訓練を覚えていった。
気が強いアイは、人間でいうと負けず嫌いということになるのだろうか。神経が鋭敏で物覚えも早かった。
そのうちアイもだいぶ慣れてくる。競技会当日にアイの集中力と緊張感がピークに達するように、最も良い状態で競技会に臨めると最適だ。
競技会の紐付脚側行進での「クランク型のコース」の往復でも、アイコンタクトはばっちり。「招呼及び停座」で、10m先にいる米田さんに「コイ」と呼ばれると、すぐ反応して走り寄った。柴犬のアイの俊敏な動きは、会場でも目立っていたことだろう。
米田さんが、アイと競技会に出ようと思ったのは、良い成績を残すことも目標だったに違いない。「飛べ!」の一言で、アイの障害飛越が、びしっと決まったときは気持ちが良いだろう。でも、それ以上に、アイと気持ちを合わせて楽しく訓練に励み、良い結果を生みたいという意識が強かった。展覧会のときのアイは、多数の見知らぬ人に囲まれ、最後までしっぽを上げないことが多かった。でも、競技会の場合、審査員や見学者は、離れたところで観ているので、米田さんと一対一で集中できる。ともに頑張ることで信頼関係が深まったといってよいだろう。
アイは、2007年11月に挑戦した警察犬種指定外のG2訓練試験で、見事な服従を披露し、優の成績で合格した。現在、さらに上のクラスを目指して訓練に余念がない。
野性を保ち続けているといわれる柴犬保存会の柴犬は、自分で考え、その都度、適切な判断をして行動する力を持っているといわれている。
飼い主と心が通い合うと、飼い主の心を先に読み取って行動するようになる。こうした野性は、山野を駆け回る猟犬としてはもちろん、家庭犬としても日常生活の中でも発揮されることだろう。さらに、飼い主に従順な柴犬の特性が生かされ、介助犬や聴導犬など、社会的な役割がより広がることが期待される。
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